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宇都宮地方裁判所 昭和63年(行ウ)1号 判決 1991年3月27日

原告

時田金吉

右訴訟代理人弁護士

石川浩三

熊倉亮三

田島二三夫

伊澤正之

被告

足利労働基準監督署長豊田昇

右指定代理人

山内敦夫

村田英雄

多田賢一

臼井幸弘

西沢繁官

吉岡鋭昌

沼子典司

赤羽貞夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五九年一月一三日付けでした休業補償給付の支給に関する処分及び昭和五九年一月一〇日付でした労働者災害補償保険法による障害補償給付を支給しない旨の処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、株式会社関根建設(以下「関根建設」という。)に雇用され、自動車運転手兼土工として勤務していたが、昭和五六年一〇月二三日、(住所略)所在の東武運輸株式会社足利営業所新築工事現場において、関根建設代表者関根徳治(以下「関根」という。)とともに、コンクリート布基礎の上に乗って、向かい合う姿勢で型枠のかたずけ作業をしていたところ、側にいた者が関根の方に手を貸したため、バランスを失って七五センチメートル下の地上に転落した(以下「本件事故」という。)

2  原告は、本件事故により負傷し、本件事故の翌日から岩舟中央病院で治療を受け、昭和五六年一〇月二七日から休業補償を受けていた。

3  原告は、被告に対し、昭和五七年七月一日から昭和五八年九月四日まで(以下「本件支給期間」という。)の休業補償給付の請求をしたが、被告は、この間全期間が療養のため労働することができなかったとは認めず、また、休業補償給付の給付基礎日額の算定において、原告申し出にかかる残業手当及び昇給分の支給各一万円については平均賃金に算入しないこととして、昭和五九年一月一三日付けで、実診療日についてのみ休業補償給付を支給し、それ以外の日については休業補償給付を支給しない旨の処分をした(以下、右処分のうち、原告に対する休業補償給付を支給しなかった部分を「本件休業補償給付不支給処分」という。)。

4  また、原告は、被告に対し、本件疾病による障害が残存するとして障害補償給付の請求をしたが、被告は、昭和五九年一月一〇日付けで、右補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件障害補償給付不支給処分」といい、本件休業補償給付不支給処分とあわせて「本件各不支給処分」という。)をした。

5  原告は、本件各不支給処分につき、栃木県労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、昭和五九年八月二〇日、右請求を棄却され、更にこれに対し、労働保険審査会に対して再審査請求をしたが、昭和六二年一〇月二一日、右請求も棄却された。

6  しかし、本件各不支給処分は、次の理由により違法である。

(一) 本件休業補償給付不支給処分について

(1) 昇給分の不算入について

原告は、昭和五六年七月ころまで、関根建設に勤務したことがあったが、同年一〇月に再度同社に勤務するにあたり、同社代表者関根との間で前回の勤務より給料をあげる旨の約束をした。ところが、関根が同年一一月に本件事故による負傷で休業していた原告に持参した同年一〇月分の給料は、前回勤務時の給料と同額で算定されていたため、原告がその点を指摘したところ、関根は、原告に対し、その場で昇給分として一万円を交付した(以下「本件昇給分」という。)。

しかるに、被告は、追加支給された本件昇給分一万円を給付基礎日額の算定にあたって考慮していない。

(2) 時間外労働手当の不算入について

原告は、昭和五六年一〇月に関根建設で勤務したとき、合計九時間の早朝出勤及び残業をしたが、同年一一月に、関根が原告に持参した同年一〇月分の給料には、時間外労働分の手当が含まれていなかった。原告は、右給料を受け取った際、原告とともに関根建設で勤務していた稲葉宗二(以下「稲葉」という。)の同年一〇月分の給料を預かり、当日、これを同人に交付したが、その際、同人から、残業したのにその手当が入っていない旨を指摘されたため、原告自身の時間外労働の手当も支払われていないことに気付き、同日中に、関根に電話でその旨連絡した。そして、関根は、その一、二週間後、原告に対し、時間外労働の手当として一万円を持参して支払った(以下「本件残業手当」という。)。

しかるに、被告は、右追加支給された本件残業手当一万円を給付基礎日額の算定にあたって考慮していない。

(3) 実診療日についてのみの支給について

原告は、昭和五七年七月一日以降も引き続き本件事故に起因する膝関節痛と腰痛を訴え、一か月に一〇日前後岩舟中央病院に通院し、同年一一月に至ってもなお、膝に溜まった水を取る治療を受けている。また、原告を治療した同病院医師石川誠二郎(以下「石川医師」という。)は、原告の本件事故による受傷の症状固定時期を昭和五八年九月四日としている。右状況からすれば、昭和五七年七月一日をもって、原告の症状が従前の状態から急に改善されたとするところは全くなく、同日をもって休業補償給付を実診療日数に限定する根拠はない。

また、労働者災害補償保険法一四条でいう「労働することができない」とは、従前の業務に従事できない場合だけをいうのでなく、一般に労働不能であることをいうが、特段の事情のない限り、従前の労働関係における労働不能で足りると解され、原告の本件事故による負傷が、時の経過とともに徐々に改善されつつあったとしても、昭和五七年七月一日の時点で、従前の労働関係である土木作業への従事が可能となったとは到底いえない。

したがって、原告は、昭和五七年七月一日から昭和五八年九月四日までの間も、本件事故に起因する膝関節痛と腰痛の療養のため、労働することができず、賃金を受けられない状態にあったというべきであり、右期間の休業補償給付の支給を実診療日数に限定した被告の本件休業補償給付不支給処分は、違法である。

(二) 本件障害補償給付不支給処分について

(1) 石川医師が原告の受傷につき症状固定と診断した昭和五九年九月四日以降においても、原告には、左膝関節及び腰に障害が残っている。原告は、本件事故以前には、日常生活に支障のある障害はなにもなく、左膝と腰の痛みという障害が、本件事故に起因して発生したことは疑いの余地がない。

(2) 原告の左膝の障害については、原告の訴える自覚症状によれば、時として膝が曲がらないような痛みを生じ、長時間の歩行が困難で、また通常人と同様な速さで歩くことができないものである。原告の左膝の障害は、時として関節の運動領域がゼロとなるものであり、相当程度運動能力に制限を受けるものである。仮に、原告の左膝関節の運動領域に制約がないとしても痛みを伴えば歩行等に重大な制約を伴うことは疑いないから、原告の左膝の障害は、労働者災害補償保険法施行規則別表第一(以下「障害等級表」という。)の障害等級(以下「障害等級」という。)一二級七号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当し、あるいは同等の障害として扱われるべきである。

(3) 原告の腰の障害については、他覚的所見として腰椎及び胸椎に圧迫骨折が認められ、疼痛も発現しており、更に、腰の障害が通常の作業に就業できないものである。原告の腰痛は、他覚的に認められ、それによって就業可能とされる作業が軽作業に制限されるものであるから、障害等級一二級一二号の「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当する。

(4) 右(2)、(3)の障害は、労働者災害補償保険法施行規則一四条三項一号により、一級繰り上がり、一一級該当とみなされる。

(5) したがって、原告の障害がいかなる障害等級にも該当しないとした被告の本件障害補償給付不支給処分は違法である。

7  よって、原告は本件各不支給処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2(一)(1) 同6(一)のうち、被告が本件昇給分を休業補償の給付基礎日額算定において平均賃金に算入しなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(2) 同6(一)(2)のうち、被告が本件残業手当を休業補償の給付基礎日額算定において平均賃金に算入しなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(3) 同6(一)(3)のうち、原告が、昭和五七年七月一日以降も、岩舟中央病院に通院し、同年一一月に膝の穿刺の治療を受けたこと、石川医師が、原告の受傷の症状固定の時期を昭和五八年九月四日としたこと、被告の本件休業補償給付不支給処分が休業補償給付の支給を実診療日数に限定したことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二) 同6(二)(1)ないし(4)は、否認もしくは争う。

三  処分の正当性についての被告の主張

1  本件休業補償給付不支給処分の給付基礎日額の算定について

(一) 被告の算定した給付基礎日額

原告は、昭和五六年一〇月一日に関根建設に雇用されて同月二三日に負傷したものであり、一日当たりの賃金(運転手当を含む。)七〇〇〇円、雇入れの日から負傷の前日までの期間中の総日数二二日、労働日数一八日(負傷当日は除く。)であるから、原告の給付基礎日額を労働者災害補償保険法八条、労働基準法一二条に基づき算定すると、次のとおり五七二八円となる。

計算式

7000円×18=12万6000円

12万6000円÷22=5727.27円

(右金額は労働基準法一二条一項一号によって計算した金額四二〇〇円を下回らない。)

(二) 昇給分について

関根建設代表者の関根は、原告に対し、昇給分という名目で金員を支払ったことはなく、見舞金を手渡したことがあるのみである旨述べているうえ、客観的に昇給分の支払の事実を証する証拠も存しないから、原告主張の昇給分を平均賃金算定基礎に含めることはできない。

(三) 残業手当について

関根は、稲葉は原告が本件事故で休んだ後、残業をしたが、原告はやっておらず、原告から九時間分の残業手当の請求を受けたこともない旨述べており、また、客観的に残業手当の支払の事実を証する証拠も存しないから、原告主張の残業手当を平均賃金算定基礎に含めることはできない。

2  実診療日のみの休業補償給付支給について

(一) 労働者災害補償保険法一四条にいう「労働することができない」とは、全部労働不能であると一部労働不能であるとを問わず、また、労働者が負傷する直前に従事していた種類の労働をすることができない場合をいうのでなく、一般に労働不能であることを意味する。

本件事故当初から原告に対する診察を行っていた石川医師は、原告に対しては、初診以来特に重傷とも認められないので、軽度の作業か運動をするよう常に指示して来たと述べており、また、昭和五七年七月一日以降については、休業を必要としないと判断しているのであり、少なくとも同日以降は、原告が労働不能であったと認めることはできない。

(二) また、原告は初診時には、腰の打撲を訴えておらず、昭和五七年四月ころから腰痛を理由に理学療法を受けるような(ママ)ったものであり、また、原告は本件事故以前に、石川医師に、腰の痛みがあり、これは戦傷によるものであるので診断書が欲しい旨申し出て検査を受けたことがあること等を参酌すると、原告の訴える腰痛が本件事故に基づく可能性は極めて少ない。

3  障害補償給付について

(一) 膝関節痛について

障害等級一二級七号にいう「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」について「関節の機能に障害を残すもの」とは、関節の運動領域が四分の三以下に制限されているものをいう(昭和五〇年九月三〇日付け基発第五六五号労働省労働基準局長通達)と解されている。そして、原告の関節運動範囲については、石川医師が「異常なし」、栃木労働基準局医員岡部豊作は、「両肢関節、膝関節、足関節運動正常」と診断しており、また、自治医科大学医師大井淑雄は、「関節可動領域は正常」と鑑定しており、原告の膝関節痛は、障害等級一二級七号に該当しない。

また、障害等級一四級九号には、「局部に神経症状を残すもの」が掲げられており、前掲通達によると、「労働には差し支えないが、受傷部位には殆ど常時疼痛を残すもの」がこれに該当すると解されているところ、原告の膝関節の疼痛は、非常に軽く、発現したり発現しなかったりするものであるから、原告の膝の障害は、障害等級に該当する程度には至っていない。

(二) 腰痛について

(1) 原告の訴える腰痛が本件事故に基づく可能性は極めて少ないと考えられることは、前記2(二)のとおりである。

(2) 前掲通達によると、障害等級一二級一二号の「局部にがん固な神経症状を残すもの」とは、「他覚的に神経系統の障害が証明されるもの」、すなわち、その症状を医学的に裏付ける他覚的症状が存在し、ときには強度の疼痛のために労働にある程度差し支える場合があることを要すると解されている。また、疼痛等の感覚異常が右の「がん固な神経症状」といえるためには、単に受傷部位に自覚的に疼痛等の感覚異常が残存するだけでなく、その感覚異常が治癒後六か月以上消退する見込がなく、その症状を医学的に裏付ける骨折、骨膜損傷、内出血等器質的異常などの他覚的症状が存在し、ときには強度の疼痛等のため労働にある程度差し支える場合があることを要する。

また、障害等級一四級九号の解釈は前記(一)のとおりである。

しかし、原告の腰痛については、欠損障害や変形障害がなく、軽度の疼痛であることが明らかであり、しかも、疼痛は発現することも消失することもあるのであって、障害等級一二級一二号にはもちろん、障害等級一四級九号にも該当しない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

二  本件休業補償給付不支給処分について

1  給付基礎日額の算定について

(一)  被告は、原告の一日当たりの賃金(運転手当を含む。)七〇〇〇円、雇入れの日から負傷の前日までの期間中の総日数二二日、労働日数一八日として、原告の休業補償給付にかかる給付基礎日額を五七二八円と算定しているところ、原告は、原告の平均賃金に本件昇給分及び本件残業手当が算入されるべきである旨主張するので、まず、この点につき検討する。

(二)  証人関根徳治、同稲葉宗二の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五六年二月ころから同年七月ころまで、関根建設に勤めたことがあったが、関根の求めに応じて、同年一〇月一日から再び関根建設に雇用されて働くようになったこと、その後、原告は関根に稲葉を紹介し、稲葉も同月途中から関根建設に雇用されて働くようになったこと、関根は、同年一一月ころ、自宅で療養中の原告に原告の同年一〇月分の給与を持参して支払ったこと、その際、原告は、稲葉の同月分の給与についても関根から預かって、当日中に、稲葉に交付したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  本件昇給分について

原告本人尋問の結果中には、原告は、昭和五六年一〇月に関根建設で働くに際しては、以前同社で働いたときより一日あたり一〇〇〇円か二〇〇〇円余計に出すから手伝ってくれといわれて働いたものであるが、関根が原告に持参した同年一〇月分の給料は、前回勤務時から上がっていなかったため、原告がその場で請求し、関根にポケットから一万円を出させて支払わせた旨の供述部分がある。

しかし、右供述は、日給値上げの金額がいくらであったか等合意内容が曖昧で、かつ、一万円という金額の算定根拠も不明であるうえ、一万円の支払について原告の供述を裏付ける客観的な証拠は全くない。他方、証人関根の証言中には、原告に昇給分として一万円を追加支給したことはない旨の供述部分があり、(証拠略)の全趣旨によると、関根は、被告及び栃木労働者災害補償保険審査官による事情聴取当時から、一貫して、原告に昇給分として一万円を追加支給したことはない旨明言していることが認められ、右関根の供述とも対比すると、原告の前記供述部分から直ちに、本件昇給分一万円の追加支給がなされたことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(四)  本件残業手当について

原告本人尋問の結果中には、稲葉の昭和五六年一〇月分の給料を稲葉に交付した際、同人から、残業分が入っていない旨を指摘されたため、原告自身の九時間分の時間外労働の手当も支払われていないことに気付き、同日中に、関根に電話で連絡し、後日、関根から時間外労働分として一万円の支払を受け、稲葉の分も預かった旨の供述部分がある。

なるほど、証人稲葉の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告が昭和五六年一〇月に関根建設に雇用されて働いていた当時、時間数は明らかでないが、時間外労働をしたことがあったことが窺われる(これを否定する証人関根の証言には、工事現場で時間外労働が行われた時期と本件事故との時期との関係に不自然な点があり採用しない。)。

しかし、本件残業手当が追加支給された事実については、前記原告の供述を裏付ける証拠はなく、他方、証人関根は、本件残業手当を追加して支払った事実はない旨証言しており、原告の残業の有無についての関根の供述が採用できないとしても、直ちに、本件残業手当の支払を否定する関根供述を虚偽と断定することはできない。もっとも、証人稲葉の証言中には、原告が昭和五六年一〇月分の給料を持参したときに、残業手当が入っていないことに気付き、何か言ったような気がする、残業分は後で貰ったと思う旨の供述部分があるが、それ自体極めて曖昧なものであり、また、(証拠略)によると、稲葉は、保険審査官による電話照会に対し、昭和五六年一〇月分の残業手当について原告に何か申立てたかについては覚えていない旨回答していることが認められ、この点をも加味すると、稲葉の前記供述は、原告の前記供述の裏付けとしての証拠価値に乏しい。

また、(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、原告は、栃木労働者災害補償保険審査官による事情聴取の際には、関根が昭和五六年一〇月分の給料を持参したその場において、原告が時間外労働分が含まれていないことを指摘し、関根にポケットから一万円を出させて支払わせた旨答えていることが認められ、これに反する原告本人尋問の結果は信用できず、右認定を覆すに足りる証拠はない。右のとおり、本件残業手当の支払状況に関する原告の供述は、変遷が見られ、その信用性に疑問が残る。

以上の事情を総合考慮すると、原告の供述のみから、本件残業手当支払の事実を認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(五)  したがって、被告がした原告に対する休業補償給付の給付基礎日額の算定において原告主張の違法はないというべきである。

2  給付を実診療日に限定したことについて

(一)  次に、原告が、昭和五七年七月一日以降、本件事故に起因する負傷の療養のため、労働することができない状態にあったか否かにつき検討する。

(二)  (証拠略)及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められ、原告本人尋問の結果中、これに反する部分は採用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、本件事故の翌日である昭和五六年一〇月二四日から、岩舟中央病院に通院し、同病院の石川医師の治療を受け、同医師から、軽度の作業や運動等をするよう指示されていた。

石川医師は、昭和五八年六月二二日付けの被告宛回答書において、原告の左下腿部打撲挫創は既に治癒しており、昭和五七年七月一日から同年一二月三一日までの期間中休業の必要はない旨回答し、昭和五八年九月五日付けの被告宛回答書では、原告の腰及び膝の疼痛については、昭和五八年九月四日現在症状固定しており、同月二三日をもって治療を打ち切ってはと思う旨の意見を述べ、また、昭和五九年一月四日に被告に提出した意見書では、原告が膝、腰の疼痛を訴えているが、軽作業には就労可能である旨の意見を述べている。

なお、石川医師は、昭和五八年ころには、原告の訴える疼痛につき治療による症状改善が見られないため、原告の治療の打切りを望む一方で、原告が通院してくるためやむなく治療を継続していたが、原告の腰痛及び膝痛と本件事故による外傷との関連につき疑問視し、老化によるものではないかとの疑いを有していた。そのため、同医師は、原告の症状固定時期の判断に苦慮していたが、昭和五八年九月四日以前に症状固定していることもありうると考えつつ、同医師のもとで治療した時期の長さ等から遅くとも同日の時点では症状改善の見込みはないと考えて、最終的には同日をもって症状固定とする判断に至ったものであった。

(三)  右事実及び後記三で検討するとおり原告に残存する疼痛の障害は軽度なものであると認められることからすると、原告は少なくとも昭和五七年七月一日以降については、軽作業に就くことが可能であったと推認される((証拠略)によると、原告を診断した小松原利文医師は、平成元年四月二四日付けで、原告が腰椎変形症、左膝変形症のため、現在肉体労働が不能である旨診断していることが認められるが、右事実は、この判断を覆すに足りるものではない。)。そして、休業補償給付を受給しうるかは、支給期間において就労が可能であるか否かによって決されるから、本件支給時間において、原告が、未だ症状固定に至らず、医師の治療を受けていたことは、休業補償給付の支給を理由付ける根拠とはならない。

原告は、休業補償給付を受給するためには、特段の事情のない限り、受傷前の労働関係における労働不能で足りる旨主張するが、受傷直前の業務に従事することができない場合であっても、一定の労働が可能で一般的に労働不能とはいえない状態になれば、療養のため労働することができないということはできず、原告が、本件支給期間中、本件事故直前の業務である土木作業に従事することは不可能であったとしても、前記認定のとおり、原告は少なくとも軽作業に従事することは可能な状態であったのだから、一般的に労働不能の状態にあったとはいえない。

(四)  したがって、被告が、本件支給期間のうち、実診療日を除き、原告に対する休業補償給付を支給しないこととしたことに違法はない。

三  本件障害補償給付不支給処分について

1  (証拠略)によると、行政解釈基準である昭和五〇年九月三〇日付け基発第五六五号労働省労働基準局長通達においては、障害等級一二級七号にいう「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」とは、関節の運動領域が四分の三以下に制限されているものをいうと解されていること、受傷部位の疼痛に関しては、同通達において、障害等級一二級一二号の「局部にがん固な神経症状を残すもの」とは、「他覚的に神経系統の障害が証明されるもの」で「労働には通常差し支えないが、ときには強度の疼痛のためある程度差し支える場合があるもの」をいい、障害等級一四級九号の「局部に神経症状を残すもの」とは、「労働には差し支えないが、受傷部位には殆ど常時疼痛を残すもの」をいうと解されていることが認められる。

右解釈は、障害等級表が設定された趣旨、同一等級に定められた他の障害との対比などから合理的なものと認められ、以下、右解釈基準に基づき、原告の障害が障害等級に該当するか否かを検討することとする。

2  (証拠略)及び弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

(一)  石川医師は、昭和五八年七月一四日付けの診断書において、原告の障害の状態につき、現症として、左下肢の疼痛あり(腰椎の変形症)、立位で腰痛が続く旨記載し、両側伸展試験、パトリックテスト、ゲンスレンテスト、プリジンスキーテスト、FNSTテストの結果はいずれもマイナスである旨、関節運動範囲は異常がない旨記載している。

また、同医師は、昭和五九年一月四日に被告に提出した意見書においては、<1>左下肢の疼痛につき、膝関節の変形は著明でなく、疼痛は自然軽快もするが、疼痛の自然発現もあり得る。膝内障であるから数か月後には治癒する見込みである、<2>腰椎のX線所見では、腰椎のL1(2)に圧迫骨折像あり、腰椎11、12にも圧迫骨折像あるが、全体的に変形が強く、疼痛も一進一退で症状発現することもあれば、症状消失することもある、<3>軽作業には就労可能である旨の意見を述べている。また、同意見書に添付された神経伸展試験(前記四種の検査及びストレートレッグレイジングテスト、ウェルレッグレイジングテスト、ダブルレッグレイジングテスト)の結果は、パトリックテストがプラスであるほかは、いずれもマイナスとなっている。

(二)  栃木労働基準局医員医師岡部豊作は、昭和五八年一二月一二日に被告に提出した意見書において「<1>X線写真上、腰椎Ⅱ、Ⅲ、Ⅳに老年性棘突起あり、両膝関節異常なし。<2>両股関節、膝関節、足関節運動正常、両下肢筋削痩なし。<3>左腿に軽度疼痛あり。以上により特に異常を認めず。よって障害等級に該当しないものと認める。」旨の意見を述べている。

(三)  自治医科大学附属病院医師大井淑雄は、労働者災害補償保険審査官の依頼に対する鑑定意見として、原告の腰部及び膝部の障害状況につき、大要次のとおり述べている。

「a 特に腰部において

左下部腰痛傍脊柱筋群に軽度の圧痛を認めるが、運動時疼痛はなく、脊柱運動性(前屈、後屈)に制限を認めない。また、腰椎棘突起圧痛、叩打痛を認めない。神経学的検索においては、アキレス、膝蓋腱反射共に正常で病的反射を認めず、下肢知覚障害及び筋力低下も認めない。

エックス線所見では、腰椎体前部にわずかの骨棘形成を認め軽度の退行性変性所見を認めるものの、椎間裂隙の狭少化、不安定性を認めず、アラインメントも正常範囲である。

腰痛は局所に限定しており軽度であると判断する。」

「b 特に膝部において

両膝ともに自発痛、運動時痛を認めず腫脹圧痛を認めない。関節可動域は正常であるがクリックを聴取する。しかし、不安定性は前後側方向共に認めず、関節内滲出液の貯溜を思わせる所見はなく、局所炎症症状も認めない。また、大腿四頭筋萎縮を認めない。

エックス線学的検索においても関節裂隙の狭少化を認めず、軽度の退行変性所見を認めるのみである。」

3  右認定した事実によると、原告の残存障害としては、左膝の関節の運動領域に障害は認められないほか、概して他覚的所見に乏しく(石川医師の意見書では腰椎及び胸椎に圧迫骨折があるとされているが、証人石川誠二郎の証言によると、これは年齢による変性症とそれに伴って骨が弱くなり、自然に圧迫されてつぶれて変形したものと認められる。)、また、原告の膝及び腰には疼痛が残存しているものの、いずれも軽度のものであり、かつ、発現することも消失することもあるものであって、殆ど常時疼痛を残しているものではないと認められ、原告本人尋問の結果中これに抵触する部分は採用できない。そうすると、原告の膝部及び腰部に、障害等級一二級七号及び一二号、障害等級一四級九号その他の障害等級に該当する障害が存するとは認められず、本件障害補償給付不支給処分に違法があるとはいえない。

四  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長嶺信榮 裁判官 達修 裁判官 朝日貴浩)

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